まちづくり?
 このページは、日常の都市計画業務の中で感じたことをつれづれなるままに書き記したものです。  個人的独断的な意見ですのでそのつもりでご覧下さい。
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協議会(2):住民意見の収集について
 協議会の委員の数をいくら増やしてもせいぜい20人弱です。この人たちの意見が住民を代表していると言い切れないことは明らかですし、委員としても住民の代表だという責任を感じて参加してくる人は限定されています。そのため「可能な限り多くの人々の意見を幅広く聴取する」ということが求められます。とりわけ重要なのが、こうした会議になかなか参加意欲を示してくれない若者達の意見をいかに収集するか、ということになってくるのでしょう。
 そして、住民会議や、地区住民や来街者への様々なアンケート調査の実施や、まちづくり点検マップづくりや、中学生などに町の将来像を描いてもらったりといった、様々な方法が開発されているのだと思われます。

 しかし、本来こうした試みは、戦略的・体系的に為されるべきだと思うのですが、そのように実施された例を私は知りません。思いつきでそれをしているようにしか見えない例すらありますし、見方に依れば、それが目的になっているのではないかと思わされるような例すらあるのです。
 また、そうして集められた様々な意見が(それはそれで重要であることを否定はしませんが)、町の将来を築くためのポイントを得ているかと言えば、必ずしもそうではないことを十分認識していないかのように思えることも気になります。

 住民の意見を様々な方法で聴取することは重要ですし、そのために様々な試みをすることを否定するつもりはありません。私が言いたいのは、住民の多様な参加の形態が、円滑な合意形成のためにいくら必要であったとしても、「議論に直接参加していない住民の意見はあくまでも、まちづくりの考え方を構築するための素材として考えるべきこと」、そして、「それだけで、住民の意向を把握できたと考えるべきではない」ということなのです。
 むしろもっと重要なのは、委員が住民を代表しているという自覚を持ち、沈黙している様々な住民を思い描きながら、想像力豊かにし、彼らの意見の集大成としての町の将来像を自ら描くことではないかと思うのです
 また、コンサルタントは、そうした将来像結実の助けとなるような協議会資料を提供すべき役割を持っているのだということを忘れてはならないのです。

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