まちづくり?
 このページは、日常の都市計画業務の中で感じたことをつれづれなるままに書き記したものです。  個人的独断的な意見ですのでそのつもりでご覧下さい。
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コンペ方式に可能性:経済教室
 「まちづくりの実践」について書き始めたのですが、橋梁工事の談合問題に関連して、日経新聞経済教室(2005/06/16:武田晴人東大教授)に標記のような記事が掲載されましたので、今回はそれについてちょっと書いてみます。
 内容は、「談合がなくならないのは、発注者が工事内容などについて十分な情報を持たないため、受注者との間に相互依存関係が生まれるからかもしれない。情報の非対称を改善するためには、コンペ方式などにより発注者が民間の知恵を活用することが求められる。」といったもので、価格と品質の関係からこれを考え、結論的には、「納税者が納得できるようにするための方策として、透明性が高く、公平な制度にしなければならないが(ここまでは誰でも言える)、そのためには、発注者側が謙虚になって、発注する工事の条件等すべてを知り得ないことを認め、十分な品質を確保するために知恵を出し合う仕組みをつくることが必要である。そのような方式としてコンペなどの方式を検討していったらどうか。」という趣旨です。
 そして、最後に「コンペ方式を試してみる価値がある」としながら、「発注者側は、入札の場を準備すれば良いというような現在のぬるま湯状態から抜け出さないと、この制度についていけない。ねばり強く価格の交渉をし、品質の保証を求めるネゴシエーターでないと、この制度は機能しないかもしれないからである。」と述べています。

 記事の中で、コンペ方式についていくつかのアイデアを述べられているのは嬉しいのですが、これを読んで私が考えることは次のようなことです。
 コンペ方式について、やり方は問題が残ることが多いにしろ、そんな程度のことは発注者側は十分わかっている、と思っています。わかっているのに、では何故それが動かないかと言えば、「そうした苦労・努力をするモーメントを発注者側が持っていないから」としか言いようがないのです。つまり、「意志がないところでは、どのような良案も生かせない」と思うのです。
 私個人としては、発注者側(私の場合行政側)をこうした方式の採用に向けるためには、
・人事制度の中に、前向きに取り組む努力を評価出来るシステムを考慮していくか、
・具体的な事例を積み重ね、発注者内部にも「何故そうした事例があるのに、それを採用しないのか?」という批判の声を高めていくしかない。

と思っています。

 そうなると、行政の事例主義(事例があれば動きやすい)が生きてくるのですが、また、それはそれで別の問題を抱えることになるところが何とも…(^^ゞ。
#それを書こうと思ったのが、このシリーズだったのですが…。
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