まちづくり?
 このページは、日常の都市計画業務の中で感じたことをつれづれなるままに書き記したものです。  個人的独断的な意見ですのでそのつもりでご覧下さい。
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■まちづくりと「計画」
1.まちづくりには計画が必要

 個人が何かを行う場合には、思いつきでやっても差し障りありませんが、「まち」は大勢の人々が住む場所ですから、そこを造っていくためには、事前に人々が共有できる「目標像」や「その実現のステップ」が必要になります。
 ここではまちづくりの前提になるものとして、「計画」をどのように考えたら良いかを述べてみたいと思います。

 ついでに言えば、ちょっと変わった建物をデザインした人などが、まちづくりをしたかのような発言を見聞きすることもあります。その心意気は結構ですが、私は、複数の住民が関与しないものをまちづくりとは考えていません。



2.まちづくり計画とは?

 では、まちづくりの計画とはどのようなものでしょうか?
 通常、「都市」や「まち」を物理的に造っていくためには、次のようなステップが必要になります。
 しかしながら、人々の思い描く「計画」には大抵の場合多少のズレがあり、それが十分共通認識になっていないために、まちづくりの最初の段階から混乱することも多いのです。
 少なくとも下記のような計画があるとすれば、何を目的としたものなのかが明確にされていることが必要となるでしょう。

●目標:人々が旧出来る将来イメージ。都市像などといった言い方もある。
●構想:まちづくりのおおまかな考え方を示すもの
●計画:まちづくりのための方策を示すもの
 長期計画、中期計画、短期計画 …
 基本計画、実施計画 … 等
●設計:具体的な設計  概略設計、基本設計、実施設計 等
●事業実施

 そして本来は、人々がそこで生き生きとした生活を可能とする「まち」としていくためには、まちの「維持管理」及び「運営管理」といったことが求められています。しかも「まち」は長期にわたる活動を前提としていますから、その主体となる人々も変質していくことを考慮しておかなければなりません。 さらに、まちのスケールによっては、その「更新」についても考えていく必要があるでしょう。これは、従来の「都市づくり」には完全に欠落していた視点です。
# 例えば、今、東京に乱立する超高層ビルも将来どのような問題を提起することになるか、
# 誰が考えているでしょうか?



3.計画の種類(スケールを中心として)

 世界計画なんていうものはありませんから(^^ゞ、とりあえず国のレベルから考えてみましょうか?
 スケールで考えれば概ね次のようなものを考えれば良いでしょう。
 その計画の主体となるのは誰なのかをよく考えてみて下さい。つまり、行政はあくまでも部門別に動くような仕組みになっていますから、その計画は各部門に落とされるものでないと実質的には動かせないものすし、複数の市町村の計画も市町村界に近いところに迷惑施設が多いことを考えただけでもなかなか実現し難いものであることが理解できるでしょう。

●国土計画
(主体:国土交通省)
●広域計画
(複数県にわたるもので、多くの場合国土交通省が主体となり、他の省庁も連携することもある)
●県計画(主体:県)
●広域市町村計画
(広域圏計画)(主体:複数の市町村)
●市町村計画
(都市レベルの総合計画 等)(主体:市町村)
●地域計画
(特定の課題を持った地域の計画 等)(主体:市町村や地域住民)
●特定地区計画
(特定の区域内の計画)(主体:市町村や地域住民、民間事業者等)


 これらのうち特に都市レベルでの計画にはさらに様々な目的別(分野別の計画を持つことも多いのです。例えば、都市マスタープラン、緑の基本計画(マスタープラン)、環境マスタープランや交通マスタープラン等の呼称を聞いたことがある方は多いと思います。また、再開発計画、地区(整備)計画等の呼称も聞いた方は多いでしょう。すなわち、まちづくりのための計画が、これらとどの様な係わりを持っているかを考えていくことも極めて重要なのです。
 一般的には「まちづくり計画」とは、地域レベル以下のスケールで使われることが多いようですが、「都市」から受けるハード一辺倒の印象に比べて、「人」や「ソフト」も包含するような印象があるため、最近は、「まち」の概念が広がっているように思います。
 ここではそのあたりについては深く言及しませんが、より広い概念のものとして捉えたいと思います。

 むしろ、まちづくりに係わる人々に意識していただきたいのは、それぞれの計画によって、計画の主体や、計画の目的、実現への取り組みの考え方が異なっているということです。


4.まちづくり計画の位置づけ

 大抵の人々は、「計画」されたものは自然に実施につながるものだと考えているでしょう。しかし、それは必ずしも正しいとは言えないのです。


1)市町村の計画の体系

 たとえば「市町村の総合計画」を考えてみましょう。
 一般的には、市町村の総合計画とは、「基本構想+基本計画」で組み立てられた行政計画となっています。それらは、次のような体系となっています。

●基本構想
 目標期間:概ね20年(概ね10年ごとに見直し)
 都市像(将来都市像としての目標キャッチフレーズと場合によってはイメージ図)と施策の体系
●基本計画
 目標期間:概ね10年(概ね5年ごとに見直し)
 部門別の施策計画(場合によっては重点プロジェクト等)

 さらに行政は、これを踏まえ、実施計画として一般的には次のような計画を持ちます。以下はやや計画内容がダブっていますが、市町村により若干異なった体系を持っているようです。

●中期計画(持つ場合もある)
 基本計画とローリング計画の中間的位置づけ
●ローリング計画
 3年程度の期間を見通しながら1年ごとの財政計画を見直す。毎年更新。
●各年度財政計画


 こうした計画体系を最初から知っていれば、計画に係わる人々は自ずとそれらの計画の位置づけが理解できようというものですが、一般的なまちづくり計画では、そうした位置づけが明確にしきれないまま策定されていくのです。
 基本的には、まちづくり計画が行政計画としてきちんと位置づけられるためには、首長決裁で進められるか、「基本計画」に盛り込まれていく必要があると考えておくべきでしょうが、それが理解されているでしょうか?


2)マスタープランについて補足

 先に述べた各種マスタープランも、各々の独自の計画目的はあるのですが、その実現を考えた場合は、いかに基本計画に盛り込んでいくかが重要であり、その前段としての部門別計画的側面も強く持っているものなのです。

 上記で述べたような行政計画の体系から、少なくとも行政が係わるまちづくり計画は、計画=実施ではないこと、それが実施されるためには、いかに他の計画(基本計画やマスタープラン)に位置づけられていくことが重要であるかが、理解できるのではないでしょうか?


5.まちづくり計画にも様々なものがある

 私はかって、冗談ではありますが、「『計画』には様々な計画がある」と話したことがあります。それは多少表現を和らげてはいますが次のようなものです。
 こちらは、計画の現実的側面です。生の表現ですが、この方が理解しやすいでしょうか?

1.実現のための計画
 実際に動かすことを前提とした計画
2.イメージとしての計画
 構想や長期的な計画 等
3.徐々に動かすための計画
 共通目標として掲げ、動かせるところから動かしていく計画
4.楽しみのための計画
 参加者だけが楽しんでいる計画
5.夢と現実を明確にするための計画
 最終的にはやめるための計画も考えられるのですが、それを表明した計画は思い当たりませんが、現実的にそうなっている計画は多数あります。

 本来「計画」は実施を目指している筈なのでしょうが、現実には、その実施に至るプロセスが明確にされないまま計画されることから、実施までに至らないことが多々ある、ということなのでしょうが…。


6.実際に動かすための計画のつくり方?

 先に述べた様々な計画の中で、他はどうでも良いのですが、もし実際に動かすための計画をつくるつもりであれば、そのための計画のつくり方を理解しておく必要があります。


1)計画の主体

 最初に重要なのが「誰がつくる計画か?」です。
 その計画主体は、実際に計画をつくって動かしていけるだけのお金や組織体制を持っているのか?ということです。

・地方都市であれば、動かしていくだけの意欲と覚悟を持った人物がいるのかどうか?
・商店街だったら「法人」組織となっているのかどうか?
・地元組織であれば、どのような人々によって構成されている組織なのか、リーダーはどのような人なのか?

 こうしたことによって、殆どの場合、その計画が動かしていけるものになるかどうがが見えてきます。


2)計画づくりの体制

 せっかく計画をまとめても、それが動かせるものにならないこともあります。それは、「そんな計画は知らない」という人間がいることです。
# 中には、「あいつが係わった計画は、認めることができない」という人もいますが、
# それはこの際無視しておきましょう(^^ゞ。


 ここでは、通常行われる、委員会等の会議形式の計画策定体制を前提にしていますが、そうした会議のメンバーとしては、計画に係わる利害関係者全てを入れ、「俺は知らなかった」と言わせないようにすることです。
 中には、立場を使い分ける人もかなり存在します。少なくとも組織を背負ってきている人にはそういう態度が良くあります。

●商店街関係者、企業関係者は、まず最終的な判断を行いません。商店街代表であっても会員全体に対する責任を負えないという態度ですし、企業関係者は決定責任を持つ人が会議に出席することはまずあり得ないからです。
●行政関係者(上位機関等)は、会議で発言した意見が、その後に必要になるであろう調整における事務的手続きでの当機関での対応の仕方が異なることがあります。それは委員会での意見と事務手続きとは異なるという態度なのです。

 しかしそれでも、後で「その計画は、知らなかった」とは言わせないために利害関係者全員の参加が必要なのです。 その他、委員会等では、学識経験者やちょっと飛び跳ねた意見を出してもらえそうな有識者等を入れることもありますが、どういう人を委員会等に加えるかによって、計画主体の計画づくりへの期待がどういうところにあるのかを読みとることができます。

 近年は「市民参加」の時代ですから、計画の目的によっては、市民に公開していく姿勢が必要になることも多いでしょう。

 どのような計画策定体制をつくるにしても、会議での議論をまとめていくためには「委員長等」が重要になることは言うまでもありません。


 計画に参加した人全員が賛成していても、前役職の有力者が反対して没になった計画すらあります。計画づくりをどのような体制で進めるかは、計画づくりのスタートとして極めて重要なのです。



3)計画のつくり方

 最後が、計画づくりの技術的な事項です。
 「船頭多くして、船、山へ上る」のことわざがありますが、対立する利害がある場合は当然ですが、参加者が多くなると意見をまとめていくだけでも大変なことです。
 そのためにはいくつかのポイントがあると思いますが、私は次のような方法が効果的だと考えています。

●具体的な選択案を作成できる作業チームを持つこと
 議論ばかりでまとまらない会議も結構多いものです。実現を前提としなければそれで良いのですが、特に効率よく実現できる計画をまとめていくためには、選択案を作成し、比較検討することによって意見を集約していくことが必要です。
 作業チームのない計画づくりでは、まず実施できる計画をまとめることは無理でしょう。

●最終案をまとめるため、途中では幅広の「案」を検討すること
 大抵の場合、会議における意見は極端な意見がでることも、完全に対立した意見が出るものです。それを恐れる必要は全くありません。むしろ、計画をまとめるための大切な意見だと考えるべきなのです。
 会議は少なくとも数回以上予定されるでしょうから、早い時期に、そうした極端な意見をもとにした案を提示することです。
 まちづくり計画は、余程おかしな進め方をしない限り、多くの場合一般常識で集約されていくものです。極端な案には、必ず否定的な意見が出ると考えておいた方が良いでしょう。それがその案を推し進めることができない理由になるのです。
 ですから、極端から極端へと「案」を振ることで、そういう案を早い時期に消去していくのです。最初から、着地点に近い案でまとめようとするといつまでも「その他の案(考え方)があるのではないか?」という意見を否定できないことになってしまいます。

●「案」は可能な限り具体的であること
 実施できる計画とするためには、可能な限り具体的なものに計画にする必要があります。その程度によって、計画がどこまで実施に近づくかが決まってきます。例えば、抽象的な計画では、実施するためにさらに具体的に計画を詰めることが必要になることを考えれば、それが当然であることが理解できるでしょう。
 さらに、選択肢としての「案」は、同時にその実現費用等も含めて、可能な限り客観的な評価も示す必要があります。そうしないと、会議出席者の自由な意見に振り回されることになるかもしれません。


 こうした進め方が可能な作業チームを組めるかどうかは、計画主体の意思であり、能力であり、責任でもあると思います。
 行政の場合、現在は競争入札でコンサルタントが決められることが一般です。最近では電子入札も採用される自治体が増えています。安く委託先が決められれば結構だという、そんな方法でそういう作業チームが選択できるのかどうか、疑問に感じざるを得ません。



7.計画を実現に結びつけるために

 まとめられた計画に係る市民、行政、コンサルタントの関係の仕方は各々微妙です。

 市民は最も長くその計画に関与するにも拘わらず、計画策定時に参加が許されてもその後の行政計画に取り込まれる段階には、一般的に参加の仕組みがありません。ですから、どのように具体化されていくのかがわからないまま事業に進むことも多いのです。かっては計画への参加プロセスもありませんでしたから、市の事業に反対運動も起きたりするのです。
 また、こうした「市民」はあくまでも個人としての市民であり組織化されたものではないために一般的には継続性がありません。老齢化していくことになるのです。
 それがまた、計画の実現を困難にする一因にもなり得るのです(こうした問題については、場所を変えて書くことになると思いますが…)。

 行政は、数年経たずに担当者が変わっていきます。計画とりまとめの最後の重要な年に、担当者の殆どが異動したなどということも結構あります(一体何を考えているのか!)。そうした場合など、一時的にはコンサルタントが後任の職員に計画の趣旨を引き継いでもらえるよう説明したりもします。しかし、そうした経緯の中で、いつの間にか計画策定時の熱意が薄れ、計画が形骸化したり霧散してしまうことも無いわけではないのです。 
 それでも、一般的には、担当者が変わりつつ、行政は計画を引き継いでいくことになります。それが行政の自然な体質なのです。有明海諫早堰を考えてみれば最悪のケースとして理解していただけるかもしれません。
 つまり行政の場合には、行政の体質、計画の性格等から、どちらの場合もあり得ると言えましょうか?

 コンサルタントは、行政との契約関係で動くことが一般的には多くなっています。近年の行政のコンサルタントとの契約は、「随意契約は殆ど不可能」「継続的な契約も困難」となっていますので、コンサルタントも同一のプロジェクトに長期的に係わることが難しくなりました。

 以上から言えることは、「『計画』に責任を持って長期的に係わることは、現状ではどの主体にとっても極めて困難だ」ということです。一方、変化の激しいこの時代、「計画に責任を持たないまま、単なる役所の引き継ぎだけで無用な事業を実施されることも困ったことだ」ということも言えるかもしれません。

 こうした問題を踏まえ、結論ではありませんが、計画を具体的に動かしていくためには、私は少なくとも次の2点が必要になると考えています。

●計画自体に「計画実現に至るプロセス」や「実施すべき事業等の優先順位」、「計画の見直し」等の事項を明確に盛り込む。

●同時にそれを監視する体制・仕組みをつくる

・これは、行政の「異動」が避けられないとすれば、少なくとも市民の中にそうした体制をつくり、コンサルタントの継続や(場合によっては)職員の異動延期等を行政に要請し続けるしかないかもしれません。
・そうした体制を維持するにも費用は必要になりますが、そうした経費は、当面は行政に準備してもらうことも考えることが必要になるかもしれません。


 このあたりまで含めて、「実現するための計画」を考えていきたいものです。
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